大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(借チ)2043号 決定

申立人

株式会社第一相互銀行

右代表者

館田四郎

右代理人

平田政蔵

相手方

小沢みつ

右代理人

竹内清

主文

本件申立を棄却する。

理由

一(本件申立の要旨)

申立人代理人は、「申立人が別紙第一目録記載の本件宅地の賃借権を東京都荒川区西日暮里一丁目七番六号アジア化成興業株式会社(代表者代表取締役木村秀雄こと黄学)に譲渡することを許可する」旨の裁判を求め、その理由として、「申立人銀行は、別紙第二目録(一)記載の建物を、債権者兼根抵当権者申立人、債務者北海バネ工業株式会社、根抵当権設定者兼所有者坂本四郎の抵当権の実行により、および同目録(二)記載の建物を、債権者兼根抵当権者申立人、債務者兼根抵当権設定者兼所有者北海バネ工業株式会社(代表者代表取締役坂本四郎)の抵当権の実行により、いずれも昭和四九年一二月二三日自己競落し、昭和五〇年三月一九日移転登記を経由したうえ、昭和五〇年四月二五日、相手方との間で、本件土地につき期間二〇年、無断譲渡転貸禁止等を内容とする賃貸借契約を締結した。しかしながら、申立人は銀行であつて、本件各建物はあくまで債権回収の目的で自己競落したものであり、不動産の利用・賃貸を目的とするものではないうえ、大蔵省から自行保有不動産の量が過大とならないように指導は受けているので、この際、本件各建物とともに本件土地賃借権を右アジア化成興業株式会社(以下単にアジア化成という)に譲渡して債権の回収をはかりたいが、賃貸人である相手方が承諾しないので、右賃貸人の承諾に代わる譲渡許可の裁判を求める。」と述べた。

二(相手方答弁の要旨)

相手方代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由として、「本件借地権譲受予定者であるアジア化成およびその代表者木村秀雄こと黄学と相手方との間には人的信頼関係がなく、かような者に借地権を譲渡することは、相手方に不利となる虞がある。すなわち、本件土地一帯は相手方の所有地であつて、申立外坂本四郎および北海バネ工事株式会社に本件土地および隣接する別紙第三目録(二)記載の土地(以下第三土地という)を賃貸して、同人らがその各土地上に本件各建物および別紙第三目録(一)記載の建物(以下第三建物という)を所有していたところ、右坂本らが昭和四八年四月二四日倒産して逃亡するや、右アジア化成および黄学は、相手方に無断で不法に本件各建物および本件土地の占有を始め、さらに第三建物の所有名義を坂本から自己名義に移転して、以来同建物およびその敷地である第三土地は不法に占拠した。そのため、相手方は、やむなく右アジア化成および黄学らを被告として、昭和四八年一一月五日当庁に右第三建物収去・第三土地明渡の訴訟を提起し、昭和四九年二月一三目勝訴判決を得て確定したが、それでも不法占拠を続けるので、やむなく強制執行によつて第三土地の明渡を得たという経過がある。そのため相手方は、本件各建物を競落した申立人に対し、不法占拠者であるアジア化成および黄学にだけは本件賃借権等を譲渡してもらつては困る旨伝えてあり、しかも申立人はそのようなことはしないと確約していたのであるから、本件各建物および本件土地を不法占拠するアジア化成および黄学に明渡を求めるのが面倒だというだけで、本件譲渡許可の申立をするのは不当であり、本件譲渡が許可されれば、以後機会あるごとに相手方と右各譲受予定者との間に紛争が起こることは必定であつて、女性である相手方としては、このようなことは堪えられないので、本件申立は棄却されるべきである。」と述べた。

三(本件の事実経過)

本件記録等によれば、つぎの各事実を認定もしくは窺知することができる。

1  本件土地付近一帯の約一、五〇〇平方メートルの所有者である相手方は、昭和四六年当時に、本件(一)建物敷地を坂本四郎に、本件(二)建物敷地を北海バネ工業株式会社(代表者代表取締役坂本四郎)に賃貸していたところ、申立人銀行は、本件(一)建物につき、債務者北海バネ工業株式会社との間の昭和四六年一二月六日相互銀行取引契約及同年同月一五日根抵当権設定附随契約の同日設定契約に基づき、同年一二月一五日根抵当権設定登記を経由し、本件(二)建物につき、債務者北海バネ工業株式会社との間の昭和四六年一二月六日相互銀行取引契約の昭和四七年二月一〇日設定契約に基づき、同年二月二五日根抵当権設定登記を経由した。

2  ところが、本件各建物の所有者である前記坂本らは、昭和四八年四月二四日、事業に失敗して逃亡してしまつたため、その直後に、本件賃借権等の譲受予定者であるアジア化成および黄学が、右坂本らに対する債権回収の一方法だと称して、相手方の承諾を得ることなく、本件各建物に入り込んで、不法に本件各建物および本件土地の占有を始め(占有正権原を認めうる証拠がない)、かつ前記第三建物および第三土地についても不法に占有を開始した。第三建物の登記名義は坂本が逃亡した後である昭和四九年四月二五日付で売買により坂本四郎から大和久優に所有権移転登記を経由し、さらに同年五月一一日売買により黄学に所有権移転登記がなされているが、その実質は、黄学が債権回収だと称して、移転登記手続をしてしまつたものである。

3  そこで、相手方代理人は、昭和四八年一一月五日、坂本四郎、黄学およびアジア化成を被告として、坂本が三か月以上賃料を不払いしたこと、坂本が大和久優へ第三建物を無断譲渡または転貸したこと、および黄学、アジア化成の第三土地に対する不済占拠を理由に、当庁に家屋収去土地明渡請求訴訟を提起し(当庁昭和四八年(ワ)第八、九〇〇号)、黄学ら欠席のまま、昭和一九年二月一三日、坂本への土地明渡等、黄学らへの建物収去・土地明渡等の判決が言渡され、右判決は確定したが、黄学らが右判決を履行しないため、相手方代理人は、やむなく昭和四九年四月二〇日代替執行の申立をなし、同年八月二四日執行が完了した。

4  一方、申立人銀行は、前記1に基づく坂本らに対する債権の回収のため、前記各抵当権を実行することになり、昭和四九年一月二八日本件各建物につき任意競売を申立て、同年一二月二三日金額一、一〇〇万円で自己競落し、代金を支払つて、昭和五〇年三月一九日所有権移転登記を経由した。

5  右競売手続の過程において、相手方としては、前記3のような経緯にとり、不法占拠者であるアジア化成や黄学に対する信頼関係はすでに全く喪失しているから、競売手続において黄学が競買の申出をしても、同人らだけには競落させないように努力してくれと依頼している。

6  申立人銀行としては、アジア化成や黄学らには本件各建物から立退いてもらつて空家にしたうえ、他の適当な者に本件賃借権等を譲渡して債権の回収をはかるべく、本件各建物を競落したものであり、そこで、相手方との間で、本件土地について、新たに、期間二〇年、無断譲渡禁止等を内容とする賃貸借契約を締結し、その際、申立人銀行は、相手方から、アジア化成や黄学にだけは本件賃借権等を売らないようにという依頼を受けており、その時点では、右以外の者に譲渡したい意向であつた。申立人銀行は、競落後今日まで、本件各建物につき、黄学らから家賃は一銭も受領していない。

7  ところが、申立人銀行としては、アジア化成や黄学が現実に本件各建物を占有していて、これを退去せしめて他の者に譲渡することは事実上困難を伴ううえ、アジア化成と黄学の信用調査の結果では、同人らは申立人銀行の支店に一、〇〇〇万ほどの預金があるほか、他の銀行に対しても一、〇〇〇円万円以上の預金があり、他に三、〇〇〇万円近くの借地権を有していること等の事実が判明し、アジア化成に本件賃借権を譲渡しても、相手方が不利になる虞はないものと考えて、昭和五〇年七月八日、アジア化成との間で、本件各建物の売買予約契約(売買代金一、三二二万一、二〇〇円)を締結し、昭和五〇年七月二九日本件申立をした。

8  相手方は、本件審問において、アジア化成や黄学については、前記3のような経過で強制執行までしたいきさつもあつて、極度に不信の念と将来に対する不安をいだいていることを表明しており、黄学は、本件審問において、相手方代理人の質問に対し反抗的態度を示すなど、友好的雰囲気にあるとはいえず、将来両者間に円満な賃貸借関係が継続することを期待することはできない状況である。

四(本件申立の当否)

借地法九条ノ二による賃貸人不承諾の場合における賃借権の譲渡許可の裁判は、当該建物譲渡に伴う賃借権の譲渡を許可しても、「賃貸人ニ不利トナル虞ナキ」場合でなければ、これをすることができないが、右の「賃貸人ニ不利トナル虞ナキ」場合とは、当該譲受予定者が資産・収入が多額で地代を滞納する虞がないことなど、経済的側面からみて賃貸人に不利となる虞がない場合であることを要するのはもちろん、さらに従前の賃貸人と譲受予定者との関係など、人的信用の側面からみて、賃貸人が譲受予定者との間の信頼関係を維持していくことができない虞がないと客観的に認められる場合であることを要すると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定の事実関係によれば、相手方は、譲受予定者であるアジア化成の第三土地に対する不法占拠により、その権利回復のために、訴訟と強制執行を余儀なくされたことによつて、両者の信頼関係は破壊されており、アジア化成の代表者たる黄学においても、その後信頼関係回復のための努力をした形跡は全くうかがえないのであつて、かかる事情および前記認定のような事情のもとにおいては、客観的にみて、相手方がアジア化成との間の信頼関係を維持してゆくことができない虞がないとはいえないものであることは明白である。

申立人銀行としては、不法占拠者としかいいようのないアジア化成らを速やかに退去せしめ、他の適当な譲受予定者を用意することによつて、債権回収の目的を達すべきであつて、本件申立はその要件を欠く不当なものであるといわざるをえない。

よつて、本件申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(梶村太市)

第一乃至第三目録〈省略〉

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